一筋縄でいかない”仮登記”



たまに「仮登記」の相談を受けることがあります。



「土地を相続したんですが、知らない人の仮登記がついているんです」


というのが典型的な例。


仮登記名義人が近隣住民であれば話は簡単ですが、
謎の法人名義で仮登記が入っていたりすると、
ややこしい話になってきます。


「仮登記」は字面の通り「仮の登記」です。
現在でも、農地の転用売買のため利用されますが、
簡単に使えるぶん、簡単なものだと誤解されたり、
悪用されやすい手法でもあります。


たとえばメジャーなところでは農地の仮登記売買


農家以外の一般人は農地を売買できません。
農地(田・畑)は農地法に縛られているため、
農地法の許可がない限り所有権移転できないのです。


ところが人口減少社会。
第三次産業の栄えた現代日本では
農家を志す若者が減っています。


そのため耕作されずに放棄された農地が増加。
タダで貸すにしても、借りてくれる耕作人だって激減しています。


活用されない農地は、所有者も持て余しています。
誰も使わない土地であっても管理は必要だからです。


売れない・使い道のない・貸すこともできない農地。
所有者は法律に縛られ、農地を手放すこともできず
数十年、数百年と草刈りし続けないといけない。


そんなときに、農地の隣人が買いたいと言ってきた。


「隣に家を建てられたくないから譲って欲しい」
「将来、息子の建築用地として欲しい」


などと言う話です。
地主にとっては願ってもいない話です。
何しろ、その土地は草刈りの手間ばかりかかる無用の土地です。
しかし問題は”売買できるのか”ということ。


農地は、転用許可を得て雑種地や宅地にすれば売買可能です。
ただし、転用する目的が必要です。
いま家を建てたい。近隣の駐車場にしたい。
事業用地にしたい。資材置き場にしたい。
用途は様々ですが、ともかく目的があって、
農地法上の許可要件に適合している必要があります。


「将来、息子の家を建てたい」


という目的では農地は転用できないのです。


そこで持ち出されるのが仮登記売買。
「仮登記」というのは、所有権移転の順位を保全する登記です。
要するに
「要件が整ったら私が買える」という権利を保全するものです。





こういうのが仮登記です。
実務的には「私以外の他の人には売らせない」という効果を持ちます。


たとえば上の例では順位番号3番に仮登記が付いています。
順位番号3番の仮登記名義人は、
条件が整えば、順位番号2番のすぐ後に所有権を登記できます。


※ここでは農地法5条の許可が条件となります


この土地、仮登記名義人を差し置いて
まったく別の第三者に土地を売ってしまうこともできます。
しかし3番の条件が整えば、
3番名義人に所有権が移せてしまいます。


要するに、仮登記というのは「差押え」に近いのです。
他所の人に売ろうと思っても売れません。


売買自体は可能かもしれませんが、
仮登記名義人に奪われる恐れのある土地なんて買いたくないでしょう。
実際、第三者の仮登記が入っている土地は、
銀行も融資してくれませんし、普通は現金購入も難しいです。


その意味で、仮登記が付いた土地は敬遠されます。
謎の仮登記がついていれば、
“いわくつきの土地” “問題のある土地” だと思います。



農地の話に戻りましょう。
仮登記というのは「差押え」の効果を持ちます。
また所有権移転の”請求権”でしかないため、
売買できない農地でも登記することができます。


これらの効能を利用して、
「農地法の許可を得られないけど、売買してしまおう」
という人々がでてきます。


もちろん農地法の許可を得ない限り、
農地の売買は禁じられていますし、所有権移転登記できません。
仮登記の「差押え」を活かして、
あくまで、当事者同士で「売買したことにする」わけです。


こうして隣地の所有のようになった土地は、
将来、転用目的が出てくれば転用許可を得ればいいですし、
あるいは時効取得を考えるかもしれません。


色々と問題を孕む解決方法ですが、
少なくとも元の所有者は草刈りから解放されます。


実際、相続した農地に困っている人は山ほどいます。
サラリーマンが広大な農地を相続してしまい、
ただひたすら草刈りするだけのために
草刈り業者に年間100万円ものお金を投じている方もいます。


使わない・売れもしない・何もできない農地は、
もはや呪いのようなものです。負債といってもいい。


コンプライアンス上、
仮登記売買を肯定できるものではありませんが、
農地法は現実に困窮している地主を救ってくれません。


農地は法律に固く縛られています。
それは国が大金をかけて国内自給率の維持を図ってきたからです。
農地を簡単に売買・転用させない。
国策としては致し方ないのかもしれません。
しかし、その法律が民間個人の私財を奪っていくのでは
国内自給率以前の問題だと思います。



さて、仮登記に話を戻しましょう。
所有者が協力してくれれば、仮登記は簡単です。
“差押え”としての効力があるため、
「借金のカタ」として仮登記が利用されることがあります。


よくあるのはヤミ金や個人の金貸しから借金した時。
借金の担保のような形で、
個人名義の仮登記が入っているケースがあります。


仮登記はただの請求権ですから流通税が発生しません。
「金を返さなかったらお前の土地は俺のものだぞ」という
意思表示としては、簡単で効果的なのでしょう。


ここで問題なのは借金を返したあとです。
借金を完済したとき「仮登記を消してくれ」と請求しても、
果たして金貸しはタダで仮登記抹消に応じてくれるでしょうか?


そもそも借金のカタに仮登記させるなんて
怪しい金貸しです。簡単に応じてくれません。
こういう場合、仮登記の抹消と引き換えに
ハンコ代を請求されることが多かったそうです。


そうして仮登記の抹消をしないまま放置して数十年後、
所有者が亡くなり、次世代の方が困るケースが多いです。


相続したお子さんが怪しい金貸しに連絡を取って、
トラブルが再燃する恐れもあります。


仮登記は”仮”ですが、あくまで”登記”です。
仮登記名義人は、仮登記の権利証(登記識別情報通知)を持っています。


つまり普通の不動産の売主と一緒なのです。
仮登記を消すには、仮登記名義人から、
実印・印鑑証明書・権利証の提出に協力してもらう必要があります。


“仮”といって侮るなかれ。
登記されている以上、立派な権利です。



さて、仮登記が残ったままになっている場合、
どうしたらいいのか。


仮登記は請求権を登記しているだけですから、
時効に引っかかります。債権なので10年で時効です。


時効になれば、時効消滅を訴えるため”援用”します。
ところが時効消滅を援用したいといっても、
登記は登記。勝手に消せません。
まずは仮登記名義人に協力を求めることになります。


仮登記名義人が、抹消に協力してくれなかったら?
これはもう裁判です。訴訟を起こすことになります。


仮登記名義人が行方不明であっても同様。
裁判所へ、仮登記名義人に代わる許可を求めないといけません。


けっきょく仮登記だからといって、
簡単に登記させていいものではないのです。



何度もお伝えした通り、仮登記は「順位を保全する」登記です。
嫌な言い方をすれば「差押え」のように使える登記です。


そのため複数地主をまとめて工業用地などにする場合、
長期的な保全措置として使われることがあります。


たとえば10人別々の地主がもっている土地をひとまとめにすれば、
立派なマンション用地になるような場合。


10人それぞれの人生がありますから、
数年にまたがって皆を説得していくことになります。


売却に応じてくれる時期も10人それぞれですから、
地上げ業者としては、
一度売却に応じた人に話をひっくり返されることを嫌います。


そこで「先に仮登記させてください」という話がでてきます。
仮登記してしまえば、その土地を差し押さえられるからです。


流れとしては、まず手付金をもらい売買契約を結びます。
手付金と引き換えに仮登記を入れさせられます。


10人すべての話がまとまって条件が整った数年後に、
やっと仮登記が本登記となり売買代金がもらえる、という運びです。


ここで問題なのは「10人それぞれ」という点。
そもそもこの話、本当にまとまりますか?
もしまとまらなかった場合、
本当に仮登記は消してくれますか?


もっといえば、地上げ業者の身元は確かですか?
本当に信頼できるのでしょうか?
仮登記を入れたまま、行方不明になってしまいませんか?
何かの詐欺に巻き込まれてませんか?


地上げ業者なんていうのは極論、
法律を気にしなければ誰でもできます。


「大きな土地にまとまったら金になるっぽい」というところへ訪問し、
一軒一軒に何度も通って話をつけ、
話がまとまったら転売先を探して、
数千万~数億円を設ける、という生業です。


宅建業法違反なのでしょうが、
実際、こういうブローカー達が世の中には存在します。


ハードルが低いぶん怪しい業者が跋扈しやすいのも特徴です。


地主側から測量費等の紹介料を抜いて消えてしまう場合もありますし、
転売先の大企業から多額の中間金を抜いて逃げるケースもあります。
実際、たまに警察沙汰になっています。


地主側がまとまっても、転売先の買主を見つけられず
価格が折り合わないまま、自然消滅する可能性もあります。


その時、長期間の活動のため資金の尽きた地上げ屋が、
いちいち仮登記抹消に応じてくれるでしょうか?



結論。


仮登記は「仮」ですが、真正の「登記」です。
簡単に仮登記を承諾していいものではありません。


仮登記が必要な場合はあります。
ただし、どうして必要なのか。
リスクとデメリットは説明されているのか。
仮登記の条件が実現しなかった場合はどうなるのか。
きちんと抹消に応じてくれるのか。
それは口頭だけではなく書面化されているか。保全されているのか。


昨今、山林や原野の所有者が高齢化していることもあり、
詐欺に引っかかる人が増えています。


たとえば、高齢者の地主のもとへ、
見知らぬ人が古い売買契約書を持って訪れました。


「二十年前に土地を買わせてもらった者ですが
登記がまだされていないので登記してください」


と言われました。記憶にはないけれど、
自分の名前が署名されている契約書を見た高齢者は
本当に売買したものだと思って登記に応じ、
所有権移転させてしまいました。


もちろんこの売買契約書はニセモノだったわけですが、
これ、身近で起こった実例です。


一般の方にとって不動産はよくわからないものです。
高齢者であれば、よほど騙しやすく騙されやすいのです。


仮だろうが何だろうが登記は登記。
登記というのは”第三者へ公示する”ためのものです。
他者へ対抗できる、強い効力があります。


甘い話に簡単に釣られず、
登記する前に必ず親族や第三者に相談してください。
お子様は、親御様の動向に気をつけてください。


最近、ちょっと危うそうな相談を地主から頂いたので
警告がてらお話させて頂きました。

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